我部祖河食堂誕生秘話
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元祖ソーキそばの誕生秘話


ソーキそばの生みの親 金城源治

我部祖河食堂は創業から数えて44年目に入りました。金城源治会長が創業し、沖縄県名護市の我部祖河という場所で当初は鮮魚精肉店・雑貨商を営んでおりました。 当時、精肉店をしながら抱えていた悩みに、「残ってしまったお肉がもったいないので、それを何とかできないだろうか。」ということがありました。 そして考えに考えた末、沖縄そばの上にソーキ(豚のあばら肉)を乗せて4人の子供たちに出したところ、とても好評だったので、お客様にも提供し、 「こってりしていて美味しい!」というお声を沢山いただくことができました。そこで源治会長は『よし!これならいける。」と、意を決して 当時田んぼ(現在の本店が建っている)だった土地の一部を埋め立て、掘建て小屋からそば屋が始まりました。


田んぼを埋め立て掘建小屋からはじめた


その頃のお客様は、炎天下の中で毎日汗を流して頑張っている肉体労働者の方々がほとんどだったのです。 当時の沖縄そばは、さっぱりとしたものがほとんどでしたので「ボリューム感があって、 食べた方にクンチ(=沖縄方言 “力”とか“栄養”の意)がつくように…」と願いを込めながら、ソーキの煮付けをそばの上に乗せて出しました。 それが今では、沖縄のどこに行っても一般的になっている『ソーキそば』の始まりなのです。 スープも、定番のかつおだしだけではボリュームが今一つ足らないので、豚骨をブレンドし創り上げたオリジナルを完成させました。昭和41年ごろのことです。 そして、県外からもわざわざソーキそばの作り方を知りたいという青年がやってきて、しばらく厨房で手伝いをしていたほど。 沖縄そばに、ソーキ(豚のあばら肉)をのせるという斬新なアイディアに多くの人が集まってきました。


常に味の研究を続けた

厨房での一こま

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